[02] 『カメラ毎日』1968年6月号

“はじめにすべてありき”とよく言われるが、本当にそうかもしれない。江口弘美の事実上のデビュー作と考えられる「初冬の米塚」。謎のようなこの1枚と向きあうことから、ノートをはじめていこう。

まず、この作品が掲載された『カメラ毎日』1968年6月号について。その後長く付きあいが続く江口とこの雑誌のそもそものなれそめとなったこの号は、いかなる誌面構成の、どんな特色をもつ一冊だったのだろうか?

『カメラ毎日』1968年6月号(毎日新聞社刊)表紙
『カメラ毎日』1968年6月号(毎日新聞社刊)
表紙
『カメラ毎日』1968年6月号 表紙写真(モデル=青木エミ)
表紙写真(モデル=青木エミ)

山岸章二デスク時代の『カメラ毎日』

判型はB5判、毎日新聞社から1954年に創刊された同誌は、1960年代に入り、作品ページ(口絵)の構成をスーパー編集者山岸章二が担当しだして以降、フレッシュな若い才能を次々に起用、写真家たちがしのぎを削りあう場として格段に活況を呈するようになる。立木義浩「舌出し天使」(65年4月号)、森山大道「ヨコスカ」(65年8月号)、高梨豊「東京人」(66年1月号)、篠山紀信「アド/バルーン」(66年連載)——今振り返っても“事件だった”といえる同誌掲載のこれらの傑作、問題作は、当時いずれも新人だった彼ら(1960年代以降の日本の写真表現をリードしたスターたち)のエポックメーキングな、それぞれの出世作となった。(この強力な顔ぶれからも、山岸デスク時代の『カメラ毎日』誌の編集力、作家発掘力がどれほどのものだったかが判るだろう。)

フランスでは学生たちの街頭占拠と労働者のストライキが続発、いわゆるパリ5月革命のうごきがジャーナリズムを賑わせ、また、九州大学箱崎キャンパスの電算センターに米空軍ファントム戦闘爆撃機が墜落するという惨事が発生(1968年6月2日夜間)するのと偶々一致した頃、この号は刊行された。主だったコンテンツを以下、列挙してみよう。

同号のおもな誌面から

『カメラ毎日』1968年6月号の目次ページ
『カメラ毎日』1968年6月号
目次

同誌1968年の表紙ビジュアルは一年をつうじ、当時のトップモデルを被写体に佐藤明(女性をモチーフとする流麗な作風で知られた)が写真を担当、この号のモデルは青木エミ(コスチューム・デザイン鳥居ユキ)。巻を開くと冒頭、「シンポジウム現代の写真—日常の情景について」と題した特集企画が組まれており、60年代後半の若い世代の写真にあらわれてきたカジュアルさへの志向、既存の規範意識から逸脱していくようなある種の傾向(“コンポラ写真”と当時呼ばれた)をどう見るべきか、このうねりをどう受けとめられるかが、数名の写真家、批評家らにより真剣に議論されている。とくに注目すべきは、同特集がとりあげる(従来の価値基準では捉えがたいニュータイプの)具体例として、牛腸茂雄「こども」(4枚の連作スナップショット)が掲載されていることだろう。『Self and Others』(1977)他の作品集が今も多くの人々に愛され続けている夭折の写真家の、これは雑誌デビュー作に当たっていた(つまり、牛腸と江口は同じ雑誌で同時にデビューしたことになる)。

牛腸茂雄「こども」4枚の連作スナップショット(『カメラ毎日』1968年6月号 掲載)
牛腸茂雄「こども」
(『カメラ毎日』1968年6月号 特集「シンポジウム現代の写真」より)
牛腸茂雄「こども」掲載誌面(部分)
牛腸茂雄「こども」より(誌面)

同号の口絵作品は、ヨーロッパ各地のバロック庭園をカラー撮影した鬼才川田喜久治の「GARDEN」、柳沢信の中判カメラによる“小刀一丁の素彫りの味”(山岸章二のコメント)のモノクロスナップ「新日本紀行(3)鎌倉」、モダンジャズの流れる店で偶然知り合ったという3人の若者との一晩のセッションから生まれた大森忠「グループ」など。また、同年6月に池袋西武百貨店で催される、日本写真家協会主催「写真100年=日本人による写真表現の歴史」展からの出品作を紹介するグラビア版も充実しており、黎明期の写真師横山松三郎が明治初期(1871年頃)に撮影した「幕府明渡し後の江戸城」の1枚(オリジナルは鶏卵紙プリントに薄く彩色をほどこしたもの)などが、誌面上でディテールまでしっかりと披露されているのが眼を惹く。

横山松三郎が明治初期に撮影した「幕府明渡し後の江戸城」(『カメラ毎日』1968年6月号 掲載)
横山松三郎「幕府明渡し後の江戸城」
(「写真100年=日本人による写真表現の歴史」展より/『カメラ毎日』1968年6月号)

そして、モノクロ印刷の「写真100年」展ダイジェストに続くページで、こつ然と時空が惑乱し、ワープするのだ——同号119ページ、われわれはそこで不可思議なカラーの光景、江口の「初冬の米塚」と遭遇する。

江口弘美「初冬の米塚」が掲載された『カメラ毎日』1968年6月号の見開きページ
江口弘美「初冬の米塚」初出ページ
(『カメラ毎日』1968年6月号、119ページ)
『カメラ毎日』1968年6月号に掲載された「初冬の米塚」(部分)
「初冬の米塚」(同誌面より)

著者 写真評論家 大日方欣一 Obinata Kinichi

フォトアーキビスト、写真史研究者。1960年東京都府中市生まれ。主な編著『出会いとコラボレーション 大辻清司の写真』(フィルムアート社)、『今井祝雄タイムコレクション』(水声社)、『榎倉康二〈予兆〉』(東京パブリッシングハウス)、『牛島智子 ホクソ笑む葉緑素』(九州産業大学アート&デザイン研究センター)ほか。主な企画展「かたちとシミュレーション 北代省三の写真と実験」(川崎市岡本太郎美術館)、「生誕100年大辻清司 眼差しのその先」(武蔵野美術大学美術館図書館)、「風景への旅」「もしも… 大辻清司の写真と言葉」(九州産業大学美術館)ほか。2015年より福岡市東区在住、九州産業大学芸術学部教授。