前年(1967)の“初冬”に撮影されたカラーネガのフィルムをベースに、実験的なポスト・プロダクションの工程を経ることで誕生したと考えられる、この鮮烈なデビュー作で、江口の構える一眼レフ35㎜フィルムカメラ(ニコンF)のレンズ(ニッコール105㎜、F2.5)が向かったのは、熊本県阿蘇山、“米塚”の眺めだった。

(『カメラ毎日』1968年6月号/「カラー」の部 二等選出)
阿蘇・米塚という火山
『地学雑誌』(2016、vol.125,no.3,東京地学協会)の記述によれば、“米塚”すなわち「阿蘇火山米塚スコリア丘」は、約3300年前の噴火で形成された火砕丘 [約1700年前の噴火と推定する見方もある] で、高さは80m程、山頂部に直径80m、深さ15mの大きさの火口を有している。「お椀を伏せたような形」をしていて、阿蘇神社の主祭神である健磐龍命(たけいわたつのみこと)が「その手で米をすくって貧しい人たちに分け与えた」との伝説に、その名は由来しているという。「草原に覆われ、均整のとれた美しい山容は阿蘇を代表する風景として知られている。」
ちなみに“スコリア”とは、「マグマ中に溶け込んでいた水蒸気や二酸化炭素などの揮発性成分によって、火山の爆発的な噴火の際に生成される空隙の多い噴出物のうち、黒っぽい色のもの」を指すという(産総研ウェブを参照)。その堆積によってできた円錐形の美しいスコリア丘の代表例として、阿蘇・米塚のほかに、五島列島・福江島の鬼岳、伊豆半島の大室山なども名高く、あるいはイタリアのナポリ近郊に広がるカンピ・フレグレイ(“燃える平野”)の一群のスコリア丘、そしてメキシコ・ミチョアカン州で1943年、トウモロコシ畑にできた地割れから起った噴火が拡大、短期間でみるみる偉容を現したパリクティン(Parícutin)火山もよく知られている。
メキシコで活動したドイツ人写真家ヒューゴ・ブレーメが1945年頃撮影したとされるパリクティンの息をのむ傑作ショットは、New Mexico Museum of Art のデジタル・アーカイブからも閲覧できるので、ぜひお薦めしたい、この機会に参照ください。2人の写真家の構えは、時空を越えて相似しあっている。なお噴煙を上げまくるパリクティンと正対するブレーメと、ごく近しい視点や距離感のとり方で、江口は米塚と向きあっている。(ブレーメの写真は当時日本でまったく知られておらず、2人の間に影響関係はなかっただろう。だが、お互いを知らずとも、両者の魂はみごとに共振しあっていた。)
月例コンテスト「カラー」の部、二等選出
「初冬の米塚」は、同号月例コンテスト「カラー」の部二等に選出され掲載された。『カメラ毎日』誌では当時、コンテスト選者の選評(無署名)以外に、「現代作家の月例作品評」というコラムも設けられていて、6月号では写真家大倉舜二(ファッション、音楽、料理などの撮影にすぐれ、また、都市の自然をモチーフとする「都会の博物誌」シリーズに当時取り組んでいた)がコメントしている。大倉は「カラー」の部での選者の判定に異論をさし挟み、一等よりむしろ二等作品を支持して、こうコメントしている——「むしろ初冬の米塚、江口弘美を一等に推したい。火星のような、SF的世界を、最初から計算して表現したことがよくわかる。空の色がきれいだ」。
一方、作品ページに併載されている選者(誰かはわからないのだが)の選評は、江口自身のことばを引用しつつ、次のように綴られた(ここでも“SF”がキーワードとして出てくる)。

「はじめに作者のねらいを紹介しよう。『初冬にみた米塚(阿蘇)は、薄雪と黄金色の枯草がすばらしい対照をなしていた。それは日ごろ見なれたかれんさとは異なり、風雪の侵食をも受けつけない毅然とした姿に見えた。この印象を強めるために、特異な感色性を持つカルバーフィルムによってネガを作り、原画と合成して色調の単純化を試みた』。作者はこのようなテクニックによってねらいを強調し成功した。一見SF的な、幻想の世界を作りだしたことは、ライティングのよさもあるが、カメラポジションの選定、たて位置による広がりの暗示など、すぐれたカメラワークがものをいっている。また道路上のテールランプなどシャッターチャンスにおいても迫力を持たせた表現をしている。」
著者 写真評論家 大日方欣一 Obinata Kinichi
フォトアーキビスト、写真史研究者。1960年東京都府中市生まれ。主な編著『出会いとコラボレーション 大辻清司の写真』(フィルムアート社)、『今井祝雄タイムコレクション』(水声社)、『榎倉康二〈予兆〉』(東京パブリッシングハウス)、『牛島智子 ホクソ笑む葉緑素』(九州産業大学アート&デザイン研究センター)ほか。主な企画展「かたちとシミュレーション 北代省三の写真と実験」(川崎市岡本太郎美術館)、「生誕100年大辻清司 眼差しのその先」(武蔵野美術大学美術館図書館)、「風景への旅」「もしも… 大辻清司の写真と言葉」(九州産業大学美術館)ほか。2015年より福岡市東区在住、九州産業大学芸術学部教授。